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◆6-1 坂井神社の大ソテツ

ロケットの丘展望台を後にした私達の車は、広〜〜いJAXA敷地内を更に北上する。車通りは少なく、対向車とは、たまにしかすれ違わない。
そうこうしているうちに、そろそろ愛しのJAXA敷地内ともお別れ。
(`_´ )ゞさらばJAXA! また会う日までッ!(意外とまたすぐに来てたりして…(^^;))

そして例の「とっておきの場所」の近くを過ぎ、「千座の岩屋」付近を過ぎ、「メヒルギ群(大浦川?)」を過ぎる。
そのまま島の東側の道(県道75号)を北上し、途中で左折して58号線へと向い(地図をチェックしても、目印になるようなものが載っていなかったので、左折するポイントがわからず結構迷った(^^;))、たどり着いたのは「坂井神社(坂井豊受神社)」。(14:05)
日本一のソテツがあるということで、巨木好きな私はチェックを入れておいたのでございます。

入り口付近に適当に車を停め、アコウの木がステキなアーチを作る階段を上がって、神社の境内へと進む。
 ステキなデロデロ感…

 アーチの下くぐり中。

そこにあったのは、鉄の柱?に寄りかかるようにしてあちこちに幹をくねらせるソテツ。
 ベンチとかとサイズ比べてみてくだサイ。
樹高8m、樹長12m、推定樹齢600年以上らしい。
日本一大きなソテツと言っても、そもそもソテツ自体が楠なんかと比べると低い木だと思うし、枝葉がモッサリというわけでもないので、「デーン」という迫力は無い。
しかしこの、遥か太古の海の底の、イソギンチャクとかナマコとかを連想させるようなウネウネとした原始的な姿は、なかなかに味わい深い。根元にウミユリとか三葉虫とかがいそうな雰囲気。

そもそも何で「ソテツ」っていう名前?と思って、調べて見たら、
「衰弱しかけた時などに、根元に鉄くずを埋めたり、幹に鉄釘(くぎ)を打ち込んだりすると元気になる(蘇鉄)」
という伝承があるらしい。
鉄分補給ですか? ひょっとして血液通ってますか? ヘモグロビン合成とかですか?
…なかなかやるわね!!(違)

まあともかく、ブツを拝んだ事なので、車へと戻る。
所要時間、5分弱というところでしょか。


◆6-2 古市家住宅(歴史の里 坂井公園)と、猫。

そしてお次は、そのすぐ隣の敷地にある、「古市家住宅」。
種子島の旧家を保存して、見学できるようになっているところでございます。
江戸時代の民家。 国指定重要文化財。 見学無料。
こちらは建築に興味ある吉田(仮)のチェックv
しかし一体どこにその家があるのか!?結構迷った!(^^;)
道沿いにある公園(歴史の里 坂井公園)の、向かって左側に、奥へと続く下り坂があって、そこを50mくらい下った所にございました。
←その公園にあった木も、不思議にステキな木。何だろコレ。

 

橋をわたり、門を入ると、様々な種類の植物が生き生きと育つ、緑溢れる庭。
こういう密度の高い庭、好き。

石畳も、小石を並べたような感じで、趣良し。 そしてソテツがウネウネ〜。

さて、主役の家は、木造瓦葺き平屋建て。江戸時代モノですよ〜。チョンマゲな人が暮らしていたんだろう。

中はこんなカンジ。
  自在鉤ステキv
「昔の家は、「壁」ではなく「ふすま」で部屋を仕切り、正月や法事などで人が集まった際には全部とっぱらって広々した空間を作るのだ」と、吉田(仮)に後日教わりましたYO! なるほどー!確かにー!
そうそう、ふすまや障子は、ガラスより断熱性が高いらしいのよー! 超びっくりー!

 くつろぐ吉田(仮)

とまあ、いろいろ見つつ写真を撮ったりしていたら、ボランティアガイド(?)のおじさんが「どこからいらっしゃったんですか?」と声をかけてくれたので、「三重県からなんですよー」と答えると、
「そうですか〜。今日は遠いところからのお客さんが多いんですよ。県外から9組目です。東京の方、名古屋の方、一番遠い所は新潟です。」
とのこと。
ホホウ!遠路はるばるウェルカム種子島〜〜〜!!(←オマエモナ。)
皆さん何メインで来られたのかしら!?やっぱ宇宙センターかしら〜〜!!ドキワク!
しかし新潟からってのはびっくり!(^^;) 三重県の1.5倍は遠いよな〜。

そして、その付近で、我が愛しの猫と遭遇!!!

しかもいっぱい〜〜vvv
ああああ、かわいいかわいい猫かわいいよ〜!!(メロメロ)

  
シャープなラインがキュートv    名物猫団子〜!!ウッキャーー!!(オチツケ)

というか、こちらの様子をしっかり窺っている目線からもおわかりのように、警戒心ありまくりで、カメラを向けたらサッサと逃げられたわけでして、ある程度は追跡(笑)したのですが、結果どの写真もブレブレでしてッッ!!
トホ〜〜。動物写真はむずかしい〜〜。
(上の写真はシャープかけて修正。)
あ〜、デジカメに手振れ補正機能が欲しいYOーー!(全く欲しいものだらけ。)

そんなふうにのんびりと過ごした後(所要時間約15分)、私達は再び坂を登り、車に乗り込み、国道58号線の北上を続ける。(14:37発)


◆6-3 よめじょう&ヒーローとの遭遇!(雄龍雌龍の岩)

さらに58号線を北上し、次なる目的地「雄龍雌龍の岩」へと向かう。
島の中央部くらいから、58号線は西海岸沿いの道になる。
このあたりの海岸は、奇妙な岩が連なっているので、奇岩好きな私は助手席から表れては消える奇岩にワクワク。
こんな時、運転してるとじっくり景色が見えないので損だな〜と思う。吉田(仮)すまん!
で、道沿いに、前回来た時に気になっていたブツを発見!!
「あーッ!ちょっとごめんストップ!!」
車を停めてもらって、写真撮影カシャリ。
        ↓
 ハイ、よめじょう看板デース。(14:59)
さて「よめじょう」とは何の事でしょうか。
はじめて見た時の私の推理は、
 説1:この付近に出没する妖怪
 説2:この島に生息するタヌキのような生き物
 説3:○チガイを指すこの地域の方言

だったわけですが。
どれもハズレ。チェッ。
正解は・・・・・

 「嫁嬢(もしくは嫁上)」。

つまり「女の人」って意味なんでございますよ。種子島方言??
で、なぜそれが多いとスピードを落とす事に繋がるのか…。そのへんは皆様の想像にお任せでございますv

それからほどなく、雄辰雌辰の岩に到着〜。(15:01)
ちょっとした公園っぽくなってて車を停めるスペースがあるので、そこに停めて記念撮影。

無精して正面に回らなかったので、角度が悪くて何だかヨクワカラナーイですが(^^;)、ゴツゴツした2つの岩が、注連縄で繋がれているのですよ。
種子島と島民を作った龍の神様の石らしい。

そしてその傍らには…
「離島戦隊タネガシマン」の碑ッッ!!

説明しようッ!タネガシマンは、ジャアスロウ帝国の魔の手から種子島を守るために、雄龍雌龍(おたつめたつ)の神が遣わした三人の戦士なのだッ!(by 公式サイト

うはっ!前回来た時は気付かなかったYO!(いやそもそも無かったのかも。→2001年)
なぜ彼らの碑がここにあるのかも不思議に思ったんだけど、この説明見て納得(笑)
それにしてもこういうローカルヒーロー(またはご当地ヒーロー)の解説ってオモロ〜v
ちなみに、このタネガシマンが、近年のローカルヒーローブーム(そう!ブームなのだよ!)の草分け的らしい!スゴ!
参考:Wikipediaのローカルヒーローの項
↑全国各地にいっぱいありますですよ…!あなたの街にも、ホラ…!
うちの近所は「観光戦隊イセシマン」ね! 防災フェアで遭遇した事あるYO!


◆6-4 西之表市でのあれこれ

さらに58号線を北上していくと、やがて西之表市の市街地へと入る。
西之表市は、前回来たときに多少歩き回ったので、「もう街中はバッチリさ〜♪」とかって思ってたら、自分の記憶なんて全然宛てにならない事を思い知る事となった。
主要な道っぽいのが2本あったとは…。orz
わかると思ってて地図チェックしてなかったYO!(^^;)
でもまあ大体の方角はわかっているので、少し迷いつつも、無事「種子島開発総合センター(通称鉄砲館。入場料\420)」の駐車場に辿り着く。(15:40頃?)
ここで吉田(仮)と一旦別行動。吉田(仮)は鉄砲館見学。そして私は、前回のH2Aロケット打ち上げ見学(2001年のH2Aロケット試験機打ち上げ)の際に、寝食共に大層お世話になったNさんちへ。
Nさんちはこの近くにあるのだ。
 と 思 っ て い た ら 、(またか!)
わりと距離があって(^^;)、「あ〜〜!車で来ればよかったじゃんよーーー!」と、歩きながら後悔するハメに。
いや、歩くのが大変という距離では全然無いんだけど、移動時間がモッタイネエ!!(1ヶ月くらい前におきた高速船トッピーの流木衝突事故のアオリで、乗る港と時間に変更がかかり、本日の日程がだいぶ圧縮されちゃったりしたもんだから、時間に余裕が無いのだ。)
あと暑かった。かなり。
こういう時に、自分の頭の悪さをヒシヒシと感じる。頭良い人が超うらやましい。頭良くなりたい。
そんな事を考えたりしながら、5年ぶりに訪れた道を、記憶の中と比較しつつ歩く。

Nさんとのご縁は非常に奇遇で、会社関係の知り合いの方(それほど頻繁に会うわけでは無い)がたまたま種子島出身で(すごい「たまたま」!)、その方が気さくに「ロケット打ち上げ見るなら、うちの実家へ泊まっていってください」と言ってくださったのがはじまり。(詳しくは前回旅行記なぞをご覧くださいまし。
一人種子島へたどり着いた初対面のあやしい私を、非常に暖かく迎えてくださったNさん。泊めて頂き、食事もご馳走になり、軽自動車を軽快に運転して種子島の観光地をあちこち案内してくれた。いたれりつくせり。
帰る頃にはすっかり意気投合し(て頂き)、自家製キュウリやら落花生やらをふんだんに土産に頂き、ガッチリ肩を組んで「また会いましょうね〜!」「三重県にもぜひ来てくださいッ!」なんて別れを惜しんだりして、その後も手紙や年賀状をやりとりし、お歳暮を贈ったり貰ったりしていた。
私の悪筆で稚拙な手紙とは正反対の、達筆な字で綴られた暖かい言葉の手紙や、種子島名物のステキな芋々や変わったみかんや干物なんかがどっさり詰まったダンボールが届く毎に、「人の心を暖かくするのが上手な人だなあ。なかなか真似できないなあ」と、嬉しくも羨ましく思っていた。真心ってやつ?まじで無粋なアタイには、どうにも不足しがちなスキル(人徳?)でございます。本当に、そういった心遣いの上手な方って、尊敬でございます。
何よりも嬉しかったのは、最初に送ったお礼の手紙(写真を添えて)の返事を頂いた際、達筆な字で「私達、いつまでも友達でいましょうね」とあった事。数日お邪魔しただけのこんなアヤシイ若輩者に対して、そんなステキな言葉を頂けたというのが、本当に嬉しくて感動した。マイ「心に残る言葉ランキング」上位ランクイン。

そんなNさんが、不慮の事故で亡くなったのは、2005年の夏の事。
海へ山へとガンガン出かけて海の幸山の幸を採っていた(おそらく私よりも)超元気でアクティブなNさんが、急に亡くなるなんて、考えもしていなかった。
こんな事なら、もっと早くに再度種子島を訪れていれば良かった…とか考えても後の祭り。 「また来ます〜!」なーんて言いつつ全然具体的な予定を立てなかった自分を恥ル。
人生まさに一期一会。明日はどうなるか、それは誰にもわからない。日々後悔の無いよう暮らしていきたいな…と思いながら、蓋を開けてみると後悔ばかりの繰り返し。全くトホホ。
(とりあえず、私自身がいきなり死んでしまった際に家族が困らないように、通帳とかの覚え書きみたいなものは用意してみた。身軽な身なので、書くことが少なかった。ラク。)
というわけで、今回の旅の目的の一つが、Nさんのお参りだったのだ。

そんなこんなで、Nさん宅に到着。
遠縁にあたる方が、待っていてくださった。
お互い初対面同士なので、何か妙にヘラヘラ笑ってしまうダメダメなわたくし。場を考えるのだ、場を!
そして、お仏壇にお焼香。
しまった!焼香の予行練習しとくの忘れた!どうやってやるんだっけ!?(冷や汗)
つうか、数珠の持ち方、これで良かったんだっけ!!?(そっからか!!)
あれ? お供え物ってどのタイミングで出すんだっけ!?
…あああダメだ!前回の反省(お葬式で右往左往)が全然活かされていない!いなさすぎる!!
orz
何とかそれっぽく(それっぽくって…)お祈りしてたら、視界の隅で線香が倒れたような気がするが、大丈夫だっただろうか…?ハラハラ。(←直せよ!)
それはともかく、仏壇にかけられたNさんの笑顔の遺影を見ていたら、急に悲しくなってきて、涙をこらえるのに必死になってた。喉の奥が痛かった。
二度と会えないっていうのは、ほんとうにつらい。。。

それから、少し歩いた所にあるNさんのお墓へと案内して頂く。
例によってここでもお参りの手順がサッパリわからず、御線香の火付けから何から、ほとんどその方にやって頂く。アホ。トホホ。
「こういうのは回数こなさいとなかなか覚えられないものですよ〜」と、その方がフォローしてくださる。ううう。すみません。今度こそ本当に勉強しときます…。orz

帰り道、その方に「南種子町のお墓が敷地内個人仕様なのはなぜか?」と聞いてみた。南種子町付近をドライブしている時に、庭の片隅とか、山のふもととかに、2〜3の墓石があるのが結構目に付いたのだ。お墓ってどこに作っても良いものでは無かったはず。
「現代における墓地(ぼち)は、墳墓(ふんぼ)を設けるために、墓地として都道府県知事の許可を受けた区域をいう。by Wikipeda←ホラネ。
なので、私の頭の中では、「この地方ではそれが一般的で、わりと最近までそれが許可されていた。その名残。」とかいう答えを想像していたんだけど、正解は「本当はダメなのだが、とにかく作ってしまって後で申請する。近くにあると楽だから。」とのこと。
な、な〜るほどォ〜(^^;)
でもやっぱりお墓が庭とか目に付く所にあると不気味がる人もいるので、だんだん減ってはいるらしい。

もう一つ、気になっていた事を訊ねてみる。

「何かガソリンスタンドがどこも営業して無いみたいなんですけど、
 どこか空いてるところご存知無いですか…?」


ここに来るまでに見たガソリンスタンド、全部閉まってるんですものオオオオオ!!!
今日が祝日だからだな!? 子供の日だからだな!? みんな家で柏餅とか食べてんだな!? もしくはゴールデンウィークを利用した休暇旅行にGOで臨時休業なのか!?
サービス業が、稼ぎ時に休業するなよオオオオオ!!!
たのむから!!!!

レンタカー返却前に燃料満タンにしないといけないのに、どうしたらいいのオオオオオ!!?
(いや、きっと個人経営な小さな所が多いだろうから、人並みに休みを取りたい気持ちはわかるんだけれども…。)
「あ〜、そうですね、祝日だからどこも閉まってますね…。」と、その方はご丁寧に、心当たりのあるスタンドが空いているか、確認の電話をして調べてくださった。うう、甘えっぱなしでスミマセン。ありがとうございます〜。

 

オオーイ!! どうすりゃいいんだよオオオオオ!!?Σ(゚ロ゚;)
さらに他の所も調べてくれようとしているその方に、「いえいえ結構です!一度レンタカー会社の人に聞いてみます!ありがとうございます!」と言って、レンタカー会社に電話をかけてみる。
この会社が、なかなか電話が繋がらないんだわこれが。
…ひょっとしてここも、祝日だから事務所がお休みで、一応電話が転送設定されてて、それで電話に出るのが遅いんじゃないかとか勘ぐってみたり。
何とか無事繋がって、返って来た回答は、「休日は当番制になっていて、1箇所は空いてます。」とのこと。そこを教えてもらい、一安心。
あ〜、先に言ってよ、そういう事は…。
どうもこのレンタカー会社、そういった気配りが足りないように思う。こっちは不慣れなんだからさあ…。何度問い合わせの電話したことか。くそう。
いや、これもひとえに、アタイのスキルが足りて無いのが問題なのだろうか。頭の良い人なら無問題なんだろうか。orz

さて、とりあえず当面の問題が解決したところで、Nさん宅に別れを告げ、吉田(仮)の待つ鉄砲館へと、来た道をテクテク戻る。
とりあえず鉄砲館に私も入り、中で落ち合う。
(そうそう、島で一番つながる携帯は、やはりDocomoみたい。私自身ほとんど携帯使わない寂しいヤツなので、もっと安いのに替えたい気もするけど、結構僻地好き(笑)だと思うので、迷う〜。)
鉄砲館は、私は前来た時に見てあったので、ざっと見て回る。
種子島の歴史とか、民話とか、物産とか、世界の銃とか。
わりと興味深い内容。じっくり見たいところだけど、船の時間がせまりつつある。

というわけで、4時半頃に鉄砲館を出て、すぐ前の土産物屋をちょっと物色。
ここは鉄砲のレプリカとかもたくさん売ってるぞ!
そして、「ご自由に写真撮影してください」の、撮影用火縄銃が置いてある!!
前回来た時は、一人だったので気恥ずかしくて撮影できなかったけど、今回は2人だ!
よっしゃ!頼むぜ吉田(仮)!!!

 カシャリ。

ご満悦v

あ〜、紙袋は置いた方がよかったな。あと片膝ついとくべきだったな。(そこまで…)
大きな火縄銃は重かったです。
ちなみに撮影時には店外へ持ち出しても良いのですよ。良サービスv

そろそろ…ということで、燃料を入れにガソリンスタンドへ向かうことに。
本日当番だというその出光のスタンドは、2レーンだけの小さいところ。船の出発時間が迫っている為か、混雑して大忙し。ああ、どの車も「わ」ナンバーだわ。
ガソリン代は8.8リットル×@142円=1,250円(税込)だった。走行距離は、控えとくの忘れたー!バカバカ!私のバカー!
まあだいたい100kmくらいかな。

無事ガソリンも入れ終わり、西之表港へ向かう。(すぐ側にある。)
って、それらしい駐車場(レンタカー用とか)が見当たらないんだけど、一体どこに車停めたらいいんだ!?
こんなのばっかり。トホホ。
再度レンタカー屋に電話。この際もなかなか電話つながらなくて焦る。
とりあえず一番奥の乗り場の真ん前のスペースに駐車。やっと電話が繋がり、今いる場所を伝えると、「あー、はいはい…。とりあえず鍵を付けたままそこに停めといてください」と、何か問題があるような無いような、そんな口ぶり。
いいのか本当にここで!?
問題あるならちゃんとした場所に移動するけど??
つうか、ちゃんと引渡しせんでええのか。どうなんや。はっきりせい。
何ともアバウト。
まあこんなもんなのかな〜と思いつつ、荷物を降ろして船の待合所へと入る。まあ何かあっても、こっちの身元は割れてるわけだから、そんな感じでいいのかな…。よくわからぬ。
そして船を待っている間に、その車のナンバーと共に「場所を移動してください」との放送が入る…!
内心かなり焦ったけど、そ知らぬふりを決め込む。(^^;)
少ししてから何げを装い見に行ったら、いつの間にか引き取りに来ていたようで、無くなっていた。
あ〜、何か余分な気苦労が…。orz 何かもちっとスマートな引渡しができなかったものか。
今度からは、ちゃんと受け取る際に、返却場所も聞いておくことに致しましょう。こんな何度も電話しなくちゃいけないなんて、電話代も無駄だわこりゃ〜。

とにもかくにも、種子島でやるべき事をやり終えた私達は、トッピーに乗ってお隣の屋久島へと向かうのだった!

つづく・・・

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