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『登山くらいしよう!』

*** 小見出し ***

◆イントロダクション
◆そして当日
◆道中の人々
◆憩いのベンチ
◆道端ミステリー
◆22町目到着
◆経塚
◆金剛證寺−奧之院
◆金剛證寺−本堂
◆「アラ、もうお帰りですか?(嫌味)」


◆イントロダクション

古来、そびえる山は、神々の住まう所だった。

人はその偉大なる姿を畏れ崇め、天に近しい頂きを神聖なる場所として奉り、適い難い願いを込め、あるいは神々の世界へと既に旅立って行った者達へ言葉や想いを伝えるため、山を、登る。

今、その山は、通行料を支払えば車でわずか十数分で辿り着ける、手軽な景観地へと変貌した。
頂上には昔からの寺院と共に、展望レストハウスが建ち、人々は気紛れに20円の双眼鏡を覗き、富士山はどこだとか、うちはあの辺りだとか、そういった話をするのである。
地上から見上げるその山の様相は、切れ切れに見える白いガードレールの脇を時折きらめいて過ぎゆく自動車と、てっぺんに一つ小さなツノのようにとんがったテレビ中継用の鉄の塔。

でも別に、それがダメだとかは思ってないけどね!
(アンチエコロジスト?)

もちろん無闇に自然を壊すのは、絶対にいけない事だと思う。
気分をリフレッシュしたいなら、何も排ガスを巻き散らかしてまで山の上に行く必要は無いだろう。
だが人は、世界を隈無く歩き回らねば気が済まないものなんじゃないかと思う。
例えそれが神聖とされる神の領域だろうとも。

今、その探求欲は、宇宙へまでも領域を広げつつある。
そうやって、自分の中の神秘を全て解明してしまう時は、来るのだろうか?
そして、そうなったとき、人の心というものはどんなふうになるのだろうか?
知りたいような、知りたくないような。

まあ、そんなこんなはさておき…。
人間は、自然を利用して生きている身勝手な動物。
そして私も、その人間のひとり。
なので、今回私はその山を、

「自身の運動不足解消」

という崇高な目的の為に利用しようと、目論んだのであった。
( ̄□ ̄;)!?

いや〜、だいたいサ〜、
家→車→会社→椅子→お菓子→お昼→お菓子→車→家→ベッドの上
みたいな生活を毎日してりゃ、そりゃ運動不足にもなるわな!
学生の頃は良かったのよ。どっか行くっつーたら自転車だし、体育の授業とかあったしね。
それがもう、車社会にどっぷり漬かっちまって、そりゃ下っ腹も出てくるはずだっつーの!
っつーか、それ以前に、元々ほとんど無い筋肉が、衰えちまう!

いかん!いかんよこりゃ!
何とかせにゃ〜!


というわけで、同じ様な悩みを持つYちゃんと共に、朝熊山登山を計画したのです。
日付は、お互いの休みが合う11月3日(日)。
丁度連休だったので、次の日に疲れを癒そう、とか、思った次第。

◆そして当日

当日気付いたのだが、11月3日は、「晴れの特異日」らしい!
そして、見事に晴れた。凄い!
ちなみに、11月17日(日)は、「雨の特異日」らしい。
今年も降るだろうか?わくわく。

朝10時に集合のつもりで、10時半に集まり(?)、登山口まで車でGO!

▼持ち物一覧▼

持って行った物で
役に立った物
持って行ったが
使わなかった物
持って行かなかったが
欲しかったと思う物
持って行けと言われたが
別にいらない物
ヴァームウォーター500ml1本
(これで脂肪を燃焼せねば!)
お金
(絶対必須)
携帯
(ちゃんと繋がるから世の中便利というか何というか)
ハンカチ
デジカメ
(私には必須)
ゆで卵
(おやつ)
飴数個
(結局Yちゃんのを貰ったが)
ハンドタオル
(夏ならいるかな?)

ポケットティッシュ
(トイレでいるかも)
ヴァームゼリー180g
(持って行くのではなく、先に食べて置けば良かった)

軍手
(手を付かねばならないような急な所は無かった)
マキロン&絆創膏
(怪我が無くてなにより)
おにぎり
(やはり登山は弁当持参に限りますな!)

みかん
(遠足の定番)

(無くても大丈夫な内は、無しで行こう!)
ほとんど迷わずに目的地にたどり着け、ラッキー☆
こぢんまりした駐車場には、既に沢山の車が駐車していた。
いざ、登山道へGO!!

10:54

看板には「頂上まで3 9km」と書いてあり、
「ふ〜ん、39キロかあ…」
と思った私達。

 〜 数秒後 〜

「んーなもん、平地でも死ぬ距離じゃあ!」
近付いてよくよく見ると、小数点が消えかかっているだけで、ちゃんと「3.9km」と書いてある。
人騒がせな…。(違)
「3.9kmか、そんなに長くないんやなあ」
しかし、学生の頃に遠足で登った時には、それはもう、死ぬほど辛かった記憶があるので、油断はできない。
まあとにかく、いっちょう行ってみようという事で、私達は登山をスタートした。
予定では、2時間弱で頂上に着くはず。

◆道中の人々

登り始めた私達がまず出会ったのが、疾風の如く坂道を駆け下りる野球服の高校生一団であった。
忍者か山伏みたい。なんでみんな滑らないんだろ?慣れてんのかなあ?
すれ違う度、「こんにちは!」や「おはようございます!」と、さわやかな挨拶をしてくれる。
山では、出会った人すべてと挨拶を交わすのがマナーらしく、ちゃんと浸透しているらしい。
一体誰がいつ始めた事なのだろう?凄い事だ。
まあとにかく、その時私達が思った事は、
「やっぱ頂上まで行って帰って来た所かなあ?」
「実は日課みたいに、トレーニングの一部になってんだろうか」
などだった。
確かに、マラソンで3.9kmなら、そんなに大した距離ではない。日課にもできよう。
ただし、平地ならね。

そして、歩き慣れたように見受けられる男の人1人。ラジオを腰に下げていた人もいた。
あと、夫婦(たぶん)でってのも多かった。

そんな人達と幾人もすれ違っていくうちに私達は、「何でみんな下山してくるんだ!?やっぱ私達は登り始める時間が遅かったのかっ!?」と不安になったが、「そりゃ自分たちは登っているんだから、降りる人だけとすれ違うのは当たり前の事なんだ」と、ややあってから気が付く。トホ。

そして、異色な所で、若い女性2人組プラス背中に泣きじゃくる幼児1名!
ええっ!?ここはショッピングセンター内かい!?
何かいたく不満げに泣く幼児を、女性はおんぶしながら「はいはい、おうちに帰ろうねー」と、あやしていた。
後で父親にそれを言った所、「ああやって登山のトレーニングをしとるんや!」とか言っていたが、そんな風には見えなかったが…?そうなんだろうか。
私だったら、10キロ近いダンベル持って登山しろと言われたら断る。しかも騒音発生器付きのやつ。それはそれはつらいストイックな修行となるだろう…。


↑石ででこぼこの道。風があるため日陰は寒いめ。途中、雲も厚くなってきた。
道は時折二手に分かれていて、少し迷いつつ(案内の矢印が誰かにイタズラされて逆方向向いていたらどうしよう!?とかドキドキしながら)選択した道を行き、数十メートル先で結局合流しているのに気付き、ガビーンとなったりも、した。
昔通った時には「ええっ、こんなとこ通って、落ちたらどーすんだ!?」って感じの狭い道&急斜面とかあった気がするが、今では鉄柵が巡らされ、安全になった分、野生の面白みも減った。
緑も勢いが有る訳では無く、紅葉するにはまだ早く、道を飾る花もそれほど多くは無い。ただ、時折石の間につやつやと光るどんぐりが可愛らしい。
生き物の影も見なかった。よく山で出くわす巨大ミミズとかにも今回はお目にかかれなかった。時折聞こえてくる鳥の鳴き声くらいか?

◆憩いのベンチ

登り始めてから少し経った時点で、ゆっくり進んでいるにも関わらず、私達の息は上がり始めた。
熱い!そしてだるい!
それでも会話は尽きないものの、上がる息に、声が途切れ途切れになる。
「いい!いいぞーう!これでこそ登山!これでこそ運動だーっ!!」
今、体の無駄な脂肪が確実に燃焼されているのに喜びを感じながら、私達は登り続ける。
すると、曲がり角の所に、丸太を切って作られたベンチを発見!!

確かこれは数日前に新聞に載っていた。70代だったかの男性が、廃材を利用して登山の人の為に休憩用のベンチを作ってくれているとか。それがなかなか好評だと、新聞では報じられていた。
うむー!こにくらしい演出!
道中、大いに活用させて頂きました!(^m^)謝謝。
やっぱ、地面に座るよりだんぜん座り心地が良い!ので、ついつい休憩しまくりな私達。ダメじゃん!

◆道端ミステリー

時折、道沿いの木などに名札が付いている。どれもこれも知らない名前ばかりだが、何となく見つけては何となく声に出してみる。
そして道端には、現在何町目かを表す石柱が立っている。

ところで、ここで疑問を少々。
●ミステリー1:この、18丁目の上の文字(梵字?)は何を表しているのだろう?
 
18という意味なんだろうか?

●ミステリー2:広辞苑では1町=約109m強と載ってたけど、全行程22町では、計算が合わないのだが…?
 
まあこれは、何かが間違ってるんだろう。登山道が22町の長さで、さらにお寺とかまで行くと3.9kmなのかな?

そして最大のミステリー
●ミステリー3:道端にたくさんあったお地蔵さん。どうして半数くらいの顔が無いの…?
削り取ったようになっていたり、すり減ったようになっていたり、頭ごとスッパリ無くなってるのもあった。
ちゃんとしたのももちろんあるんだけど、何だか意図的に見えてしょーがない。誰か、心ない人のいたずらなのか?何か宗教的な理由からなのか?それとも、一番でっぱっている顔が、一番消耗しやすいからなのか?何だか可愛そうだったのです。そして、ちょっと恐い。(かなり?)
一応、気の付いた範囲で、道中の無事をお祈り。そのお陰で、道中怪我も無く無事帰って来れました。

追記:この事を会社の人に話した所、「前にテレビで、『お地蔵さんの顔を持ってると賭事に強くなるとかいう言い伝え(?)みたいなのがあって、持っていく人がいる』とかいうのを見たことがある」との事!いつの時代の話なのかは覚えていないが、だそうだ。
ここのおじぞうさんがそうなのかはわからないが、もしそうだとしたら、

罰当たりめェェェェ!!!罰当たれーーー!!!

◆22町目到着

それから、昔頂上まで通っていたケーブルカーの跡や、道の真ん中にどっしり立つ朽ちかけた木などに出会いつつ、出発から約1時間半過ぎ、最後の22町目に到着!さすがに足はだるい。
今思い返すと、何となく大変だった憶えはあるが、もうあんまし覚えていない。喉元過ぎればナントヤラ。
道中、昔の記憶にあった沢(水が飲める)は、見当たらなくって残念。幻の沢よ、いまいずこ。
頂上付近の展望は、私達を大変すがすがしく出迎えてくれて、とても気持ちが良かった。腰掛けたベンチの前に得体の知れないウ○チの山さえ無ければ満点だったが…。ギャフン!それもまた、思い出の彩り
そこには、「ここに捨てていくのは気持ちだけにしてください」とかいう立て札があった。おおっ捨ててくるの忘れて持ち帰ってしまったよ。
あっしまった、そう言えば「YAHHO−!」って言うのも忘れてたよ!他に誰も言って無かったけど。お約束なのに〜!

その頃、遠くの方で ゴーーーン……… と、お寺の鐘の音がした。最初12時のチャイムかと思い(!)、すぐに気付いて、しみじみと風情を感じる。
「ん〜〜〜、いいね〜〜〜!」

◆経塚

はるか過去、私がまだ小学生の低学年だった頃、父親と2人でこの朝熊山へバスで出かけた事があった。
それは、雨がとうとうと降る寒い日だった。なぜそんな日にそんな所へ出かけたのか?それはもう、覚えてはいない。
とにかく、頂上のお店で父親は熱いワンカップを飲み、私達はこんにゃく味噌田楽を食べたのだ。それは、とても暖かくて美味しかったように覚えている。
そして、その時の私の記憶に幻影のように刻み込まれた風景が2つある。
1つは、たちこめる深い霧に半ば隠れた巨大なテレビ塔。数歩近づけばゆらりとその姿を現し、数歩退けば真っ白な霧の中にスッポリと消えてしまう。私達は何度か近付いたり遠ざかったりして、その境界を楽しんだように思う。
そしてもう1つ、それは、まるであの世の風景のようだった。それは斜面。朽ちた木と、ゴツゴツと地面から顔を出す大きな石。その間に無造作に生え伸びた雑草の鮮烈な緑色の上を、真っ白な霧がまだらになってゆっくりと流れ行く。それらの中で、無惨に倒れたまま、身じろぎ一つしない様々な形をした石の塔の群。
墓石…にしては、形が妙だ。石灯籠にしては、低すぎる。
「ここは昔、いっぱい骨が出たんや」
父が言ったその言葉は、実感を伴わず、私は別段恐いだとかは思わなかったが、ただ、「目の前にある白い朽ち木が骨のようだ」と感じたのと、「こんなにバラバラになっているのは何だか可愛そうだなあ」と思ったのを、覚えている。
「台風が来た時に倒れたんかな」
確か父は、そう言ったと思う。
でも何せ、もう随分昔の事である。どこまでが本当の記憶で、どこまでが作られた記憶なのか、その境目はわからない。
ただ、父親とその時の思い出話をするとだいたい符合するので、だいたい正確なんだろう。
ちなみに、たくさん出てきた骨というのは、朝熊山にある金剛證寺にまつわるお坊さんの骨ではないか?と父は言っていた。

追記:たくさん出てきたのは、「骨」などでは無く、経を入れる筒?みたいなのや、鏡や、碗とかだという情報もある。ううむ。どうなんだろう?そっちの方が現実的だが、面白みは薄い。

さて、問題の場所に、私達はアッサリたどり着いた。その名は「経塚」。平安時代の遺跡(?)らしい。
前に一度、そこを探したものの見つけられなかった事があるだけに、私の中で期待は高まっていった。
もちろん、今日は良い天気。あの時の幽玄めいた風景が望めないのはわかっているが、その神秘性の片鱗でも見れたら…と思ったのだ。

思ったのだが。

12:32
あんましカラッとした秋の昼なので、どちらかというとテキサスの荒野のような、殺伐としたイメージが強いザンス。
奧に見えるのがテレビ塔。あれのおかげで、テレビが見える。
石の塔は、たぶん同じ形のものは無く、奇抜な形のものも多く、様々な文字(梵字みたいなのが多くて読めない)と、そして「bQ2」などと、番号が彫られていた。

第弐拾弐番」とかならわかるけど、
石塔に「
ナンバー」って何だ!「ナンバー」って!!
どうよ!?

ま、まあ、所詮現代に作られたものだろうし、調査のための整理番号なのかもしれない。
そんなこんなで色々見ていると、変わったやつを発見!!

上の円盤の部分は、ちゃんと回るのだ!
まさかと思って触ってみたら、すごくなめらかにぐるぐる回ってびっくり。
一体、どのような目的でこのような細工を?
アア、地元の山は、不思議が尽きない。

◆金剛證寺−奧之院

少し進むと、お線香の良い香りがどこからともなく漂って来た。
間もなく、登山道の終点、金剛證寺に到着。唯一色付きかけた入り口の紅葉が美しかった。
12:47
私達は、何となく竜宮城風(?)の門をくぐり、奥之院へと進む。
その目的は、「こんにゃく味噌田楽」!

奥之院へと続く道の両脇には、大小様々な卒塔婆が整然と並んでいる。大きい物は家の柱のようで、4m強くらいあるんじゃなかろうか。小さい物は、80cmくらい。真新しいものや苔生したもの、様々で、それぞれ墨で戒名などが書かれてある。中には造花や音楽のテープなどがくくりつけてあるものもある。ここらの人は、誰かが亡くなると、お墓とは別に、ここにこのような卒塔婆を上げに来る。確か、「岳参り」と言ったハズ。
それらの奧には墓石が並んでいて、それもまた、ぴかぴかと新しいものから、すり減って緑色に覆われたものまで様々。ここにお墓を持てる人ってのは、どういう人なのだろうか。
しかし、こう言っちゃ何だが、ここはとても風情がある風景で、好きだ。お墓なんだけど、美しい。

そして、突き当たりまで進み、水で手を清め、100円でお線香を立てた私達は、
いざ売店へGO!
そしてそこで、「こんにゃく味噌田楽」を食す!いや、やっぱ、うまいっ!!!
更に缶ビールも買う。ぷはぁ〜〜〜!!
そして、つまみに「堅あげポテト」!ムシャムシャ〜!
後は家から持ってきたゆで卵とおにぎりとお菓子を食べ、至極ご満悦〜v

さて、登山で消費したカロリー分を上回って補った後(ダメすぎる!!)、のんびりと双眼鏡を覗いたりしながら(1分半で20円)くつろいだ私達は、充分すぎる休憩の後、やっとの事でその場を後にした。
更に別の場所にある、ぜんざいへ向かって!!!!
( ̄□ ̄;)アンタら一体何しに来たのっ!!!?←セルフツッコミ

◆金剛證寺−本堂

私達は、テクテクと本堂へ移動する。ビール2缶飲んだYちゃん、ちょっと千鳥足。ギャフン。
ここにはたくさんのあじさいの株があり、梅雨の時期になると一面に咲き乱れる様が、かなり美しい。あじさい祭っつーのもある。今は、冬枯れた枝を晒しているばかりだが。
たくさんあるお堂をいちいちのぞき込み、本当にささやかなお賽銭をして回る。のぞき込むと井戸のような真っ暗な水面が光り、それに姿を映しながら祈ると目が良くなるとか何とかだとか、一度撫でると健康になる牛や虎などの像とか、何だかいろいろあったなあ。
2人で50円ずつ出して、1本のローソクに火を灯す。
そこで、芸事が上達するという鈴を購入。500円。桜のようなピンクの花がサッカーボールみたいに球状に繋がってて、見た目的にも可愛い。
いちいちいくつか鳴らしてみて、何となく良い音のような気がするものを選ぶ当たり、ケチくさいというか何というか。
そうそう、おみくじ、引きました。例の朱色の御神籤マシーンで。100円。中吉。マズマズ。ちゃんと出てきて良かった…。

竜が吐いてる。これって、各所いろいろあって面白いよねー。

そして、目的の茶店に到着!
茶店らしく、赤い毛氈が敷かれ、メニューもぜんざい、抹茶など。そして時代に沿って、コーヒー。
14:38
ぜんざい、大変おいしゅうございました。400円。
ぜんざいと抹茶のセットとかがあったら尚良かったのに。
最後、会計する時に、作務衣を来た坊主頭の人が「ありがとうございました」と言ったのが、何か意外だった。鈴を買った時の人は、終始無言で、「そんなもんなのか?」と思ったばっかりだったのに。


茶店を出ると、西に傾いた日が、ここの象徴とも言える朱塗りの太鼓橋に当たって、美しかった。睡蓮がちょっとだけモネっぽい。花が咲く頃には美しいのだろう。その下には、大きな鯉が、ゆったりと、泳いでいた。ちなみに、Yちゃんが手を叩いても、寄っては来なかった…。
この急勾配の橋は渡る為のものではなく、俗界と聖地を繋いでいるもの。向こうの聖地には、天照大神の化身である雨宝童子尊が安置されているらしい。byパンフレット。

そして、私は、鐘つきに挑戦!!!

鐘の真下には例によって賽銭箱が置かれ、「100円」と書いてある。前(高校生の遠足の時)は、「何でこんなもん100円も払ってやらにゃならんのや」と思っていたが、前に書いた通り、ここに来る道中で鐘の音が聞こえた時、何だかとても風情を感じたのだ。それを他の人達にも味わってもらおうじゃないか、と、思ったのもあるし、ただ単に何となくやってみたかったというのも、ある。
さて、「オレの魂の叫びを聞け〜〜〜!!!」とばかりに(?)、私は一度勢いを付け、大きく振りかぶり、遠慮無くブッ叩く!

ゴ〜〜〜〜〜〜〜
「わー、思いっきり叩いちゃったよ」「ん〜、良い音〜!」
〜〜〜〜〜〜〜〜
「行く年来る年を思い出すね!」「『今年も後残すところ僅かとなってまいりました』ってな〜」
〜〜〜〜〜〜ン
・・・・・

「しかし長いね!」「そーね」
鐘の音は、長く余韻を引きながら小さくなって消えた。誰か、聞いて風情を感じてくれただろうか?鳴らす人によって、全然違う音に聞こえたりして。しかし、鐘、壊れなくって良かった。いや、そんな怪力では無いが。
14:56

◆「アラ、もうお帰りですか?(嫌味)」

さて、やるべき事をやりつくした私達は、やっとの事で下山する事となった。
(本来の目的から大きく離れてしまったような気配が…)
太陽の光にももはや力は無く、山特有の、寒々とした空気の中を、下山する。
すれ違う人も、殆どいない。私達は(妙な)歌なぞ次々と歌いつつ、行き来た道を、ひたすら下る。
さっ…、寒いっ!!!
登りの時にはあんなに熱かったのに、下りは、ただひたすらに寒い!
何しろ、もっぱら働いているのは足のみ!なので、ちっとも体はあったかくならない。そして、足に来るダメージがでかい!
「下りの方が大変」とは、常々耳にする言葉だが、「大変」というよりは、「痛い」という言葉がピッタリ来る。
ほ、骨に響く〜〜!
やっぱこの季節は、登山には向いていないのでは無かろうか?汗が冷えて寒くなるようでは、体に悪い!
っつーか、やっぱ下山の時間が遅すぎたか!?
正に登山道貸切状態!いや、2人くらいとはすれ違ったように思うが。途中、うちの親が心配してケータイに電話してくる始末!イヤ〜、山頂でのんびりしすぎましたかね!ハハハハッ!
というわけで、下りは何だか運動というよりは足への拷問という感があった。ムゥ。歌はいっぱい歌えたケド。
しかしやはり、下りに必要な時間は早かったように思う。休憩も1度しかしなかったように思う。上りの時にすれ違った高校球児みたいに、ダダダーっと下るのも楽しいだろうけど、コケたら大変だからやめといた。

というわけで、午後4時くらいに、登山口に無事ゴール。
いやあ〜!寒かった!!
「大変だった」というよりはひたすら「寒かった」。
でもまあ、何事も無く無事に帰って来れて、良かった良かった!

●反省事項
 ・もっと暖かい季節に行こう!
 ・運動を第一に考えるなら、余分なものは食べずに行こう!
 ・頂上では、持参のお弁当を食べよう!
 ・食べ終わって小休止したら、直ちに下山しよう!
 ・運動は、継続する事に意義があるので、他にも何か運動をしよう!

●後日談
 私は地上からその山の姿を見る度に、「ああ、私達はあの山を登ったのだなあ」と、その時の事を思い出し、少しだけ不思議な気分になるのだった。それは、もうしばらく続く事だろう。予定に勝手に組み込まれていた遠足の時とは違い、自分たちで計画して行ったものなので、その思いもひとしおだ。
 次の日、ちょっとだけ右足首が痛くなったが、筋肉痛にもならず、風邪もひかず、結果は上々と言った所か。

 ただ、その日の夜、2人して沖縄料理の店に繰り出し、たらふく食べたという事は、ちょっと秘密である。
運動の秋は、食欲の秋に通ず!!!!

*** (ダメダメな状態で) お・わ・り! ***

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